ハッピーテイナー

ゆきちゃん

「大丈夫?」「大丈夫(任意の文字を入れてね)」

あたしの記憶に鮮烈に焼き付いている女の子がいる。

小学校の同級生だった「楓」という子だ。

楓は、いつの間にかあたしの友達で、よく家に遊びに来たり向こうの家に遊びに行ったりしていた。子供ながらに、楓の家はなんとなく複雑で、楓は大人びている子だと感じていた。

周りの友達は「親が仲良くしちゃいけないって言ってたから、楓ちゃんとは遊んじゃダメなの」とか「ゆきちゃんもあまり近づかないほうがいいよ」とか言っていた気がする。あたしにとって楓と一緒にいる時間は楽しかったし、刺激的だったので、特に周りの言葉は真に受けず変わらずにあそんでいた。ただ、そのころの景色はボンヤリとしか見えていなかったので、当時の楓の気持ちをしっかりと理解したことは一度もなかったように思う。

 

印象的だったエピソードはいくつかある。

カラオケに言った時「ポルノグラフィティのアゲハ蝶」を歌った彼女がすごい綺麗で歌も上手くて、衝撃を受けて家に帰ってから親にその話をしたら「小学...年生でアゲハ蝶を歌うのは、やっぱり大人びすぎている子だわぁ」と言われて、何か彼女を非難しているように聞こえたけどそのままスルーしてしまったことだったり。

あたしは家で白文鳥を飼っていたのだけど、白文鳥があたしに懐いているものでずっとあたしの周りを離れなくて、家に遊びに来た楓が「ゆきちゃんばっかりズルい。楓も触りたいのに、」と不満をこぼしたり。

楓の家へ遊びに行った時に、初めて会った楓のお姉ちゃんがあたしに「もういらないから」と言ってポケットモンスター緑のカセットをくれたり。

車の中であたしの親を2人きりで待っている時に、「最近彼氏できたんだよねえ」と楓が話し始め、当時色ごとに疎かったあたしは彼氏をなんとなく"特別な男の子"と認識したまま「えー?だれ?」「ナイショ、でもね、高校生なの!」という会話をし、案の定小学6年生より上の男の子の現実味を帯びた想像ができなかったり。

詩を書く授業の時に「色々は いろいろあるのに なぜ色々?」という詩を作った楓があたしに一番に見せてくれて、あたしはその着眼点に目からウロコで「すごい!!たしかに!!!」と興奮していたのだけど、その様子を見て近づいてきた先生が楓の詩を見たら「どういうこと?」と理解を最後まで示さず、「ちゃんと意味のある詩を書きなさい」と叱り、あたしの詩を見て「ゆきさんの詩は素晴らしいですね!」と褒めていた。あたしはその時に書いていた自分の詩を、全く覚えていない。

 

その中でもいちばん未だにあたしに衝撃を与え続けでいるのは、休み時間にポスターだったかを書いていた時の話で。絵を描くのが得意だったあたしが中心となってアレコレしていたのだけど、周りの子とあたしだけでどんどん作品像が完成していき、(多分)その輪に入れていなかった楓が(あたしから見たら)急に怒りながら泣き出した。

あたしはなんで楓が泣いているのかわからず、「どうしたの?大丈夫?」と聞いたら「大丈夫なわけないじゃない!」と泣き崩れて、その直後に教室を走って飛び出していった。あたしはその言葉に頭をカナヅチで殴られたような気分になって、立ち尽くして、足音が聞こえなくなってから周りの子に「楓、心配だから、見てくる」と呟いたのを覚えている。そしたら周りの子は「いつものことだから気にしなくていいよ」と苦笑いをして、そのままポスター制作に戻った。

その場の違和感が強くて、あたしは気持ち悪くなったような気がするし、言われるがままにポスター制作を続けた気もする、先生が楓を追いかけていた気もするし、ただたしかなのは、そこから楓と学校外で遊んだ記憶が薄い。

 

後で親に聞いた話だけど、あたしが中学受験をすると決めた頃から親が意図的にあたしから楓を引き離していた、と言っていた。なんでそんなことをしたのか、なんであたしは全く気づかなかったのか、わからないけど、親が言うには「勉強に集中して欲しかったから遊びを控えて欲しかった。あと、あまり影響を受けてほしくなかった」らしい。楓はあたしの親に懐いていた記憶があったので、それを聞いた時はすごいショックを受けた。

 

楓の発した「大丈夫なわけないじゃない!」という言葉が、あたしの憧れであたしが一番怖いものかもしれない、と思ってこの覚書を書き始めた。

あたしは「かわいそう」という言葉が世界一嫌いで、「かわいそう」と言いたくないし「かわいそう」と言われたくない気持ちも世界一強いかもしれない。それはプライドや自尊心がそうしているのではなく、むしろプライドや自尊心はないに等しいのだけど、

「かわいそう」と言える人は心のどこかで無意識的に対象を自分より下位に感じているのでは?そうでない人には「大変だねえ」なりなんなり、同意の言葉をかけているのでは?「かわいそう」と言える自分に安心を感じているのでは、相手のことなんて考えず自分のために発している言葉なのでは...?

という気持ちがどうしても拭えないので、絶対に耳にしたくない。

 

「かわいそう」と思われる原因はたくさんあるかもだけど、大きく分類したら「自分の弱みを相手に知られた時」にかけられる言葉かと思っている。ので、あたしは自分の弱みをできる限り他人に見せたくなくてガチガチに守っていた。

ただ、自分の弱みをガチガチに守っていると急所として見つかりやすい事に気づいて、ある時期からノーガード戦法に最近切り替えた。様々なことを適当に流して適当に受け入れるスタイルだ。そしたら、みんなズケズケと急所と思わず入り込んでくるしそんなもんだからあたしも「まあ知らないから仕方ないよな」と思いスルーしていたら急所であることを忘れるし、で、無敵になったような気がしていた。

その戦法の弱点をあえていうなら、痛みに慣れているのでちょっと優しくされただけで痛いくらいヒリつくことだった。なので、弱点を克服しようと思って「優しさを真に受けない」を徹底したら、褒められても別に浮かれないし他人に対して過度な期待を持たなくなったのでだいぶ生きやすくなった。

それでもやっぱり不完全なもので、相手の"心から"出てくる優しさを何度も受け取った時は、正直不安になるし疑心暗鬼になる。一番困るのは、なぜか涙が出てくることだった。涙腺が弱くなったのかな、と感じた。

 

前に同棲していた人に「1人で抱え込んだまま勝手に自己解決しないで。ちゃんと話して。相談もして。」と言われたことがあった。その言葉を受けて、「あ〜あたしはSOSを言うのが苦手だったんだ、」と気付いた。で、反省してちょっと改善した。

でもいまだに苦手なので、「大丈夫?」と聞かれると反射的に「大丈夫だよ」と言ってしまうが、もしかしたら本当は大丈夫じゃないかもしれないし、自分の「大丈夫だよ」という言葉でさらに首を絞めているのかもしれない。

ガチガチに弱点を固めていた時よりもノーガードで急所を晒した方が生きやすいけど、いざという時に臆病になって急所をその場しのぎで隠すことばかり続けていたので、晒し続けた急所もそれを守る薄いフィルムもいつの間にかボロボロになっているのかもしれない。

 

「大丈夫なわけないじゃない!」と言った彼女に、あたしは、確かな強さと美しさを感じたし、「かわいそう」と言う感情も全く湧かなかった。

もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

 

アゲハ蝶

アゲハ蝶

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